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笑傲江湖 再考

武侠小説の構造を、ビッグブラザー、リトル・ピープルという視点で改めて解釈してみる。

まず、金庸の武侠小説の基本的な世界観というと、時代は国家が大抵異民族の侵入+政治腐敗とかで末期状態というのが特徴。で、舞台となってる江湖は複数の門派幇会が互いに正義と覇権を唱えてバトルロワイヤル状態にある。まさしく、ビッグブラザーが死につつありリトル・ピープル同士が争うという構図だ。

次に、武侠小説の独特のガジェットである『師父』について。一派の総帥であり、弟子にとっては父親以上に父性、父権的な象徴的存在である。

作中で主人公の、令狐冲は師父に残酷に裏切られ捨てられる。最後まで師父を信じようとするが、結局は裏切られる。これは、個人レベルでの父性への信頼の喪失、ビッグブラザーの死を意味する。

師父と共に帰属先をも失った主人公はさまよい、ヒロインと出会う。このヒロインは、魔教という強力な権力というかバックボーンを持つ。セカイ系作品的なヒロインでもある。

しかし、ここで主人公は、安易にヒロインを選択しない。冒険や、修行の結果主人公は、新たな自分のコミュニティを形成する。だが、そこで主人公は一派の総帥という、リトル・ピープル(小さな父)としての責任を迫られるようになる。

最終的に主人公の最後の選択としては、あらゆる権威、束縛から距離を置く自由というものだった。その束縛には、ヒロインというものすら含んでいる。

結末としては武侠ならではの選択という感じだけども、モチーフ的には父性への不信感、セカイ系的ヒロインとの出会い、リトル・ピープル的バトルロワイヤルと、ポストモダン的な想像力が一通り盛りこまれている気がする。
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by Trial-6 | 2011-09-25 03:11 | 雑記

超能力VS兵器

トワノクオン観てて、ふと考えた事のメモ。

能力者が出てくるバトル物作品において、個人的にこれが無いと嘘だわと思うのが、超能力者VS兵器。例えば、サイコキネシス使える奴がいるとして、一般的な人間と比べて圧倒的な力を持った存在として描かれる訳だけども、じゃあ拳銃持った人間よりは強いの?サブマシンガンだったら?ミサイルは?ってな感じで、発展させていくと超能力者VS近代兵器、しいてはVSサイボーグ(人間+科学の融合)になって行くわけね。パワードスーツでも可。

その点、トワノクオンの異能者VSサイボーグ兵士の構図は正しい。正しいってのも、変な表現だけど。TIGER&BUNNYなんかは、超能力者がのさばってる割に、軍隊やら近代兵器やらがあまり出てこないので世界観的に違和感がでてしまう。いやいや、ジェイクって狙撃であっさり殺せんじゃないの?みたいな。

ミュータントだらけのX-MENでも、ミュータント狩りには、ロボット軍団のセンチネルやら、各種近代兵器武装が強敵として登場するし。009にも、ミュータント出てきてたな。単に、ミュータントとサイボーグが共に近未来SFというカテゴリーの存在だからかもしんないけど。

でも、それはそれで間違っていないはずなんだよな。人種的な超能力者ってのは近未来SFの部類なんだよ。と、なるとミュータントがいる世界観では近未来兵器が欠かせない。そう思う。

その点でいくと、個人的に近未来SFバトル物の指標として、『ARMS』を挙げたい。『ARMS』は、まぁ漫画オリジナルな鉱物生命体ARMSと人間の融合体という、特殊要素は置いとくとして、ミュータント、遺伝子改造人間、サイボーグ、薬物強化人間、アンドロイド、ロボット兵器と片っぱしから登場していて、それぞれがきちんと独自の強さを持ってて世界観的にバランス取れてて良い。その上で、なぜか普通の人間である主人公の親父が最強だったりして、強さ基準が相対化されてるという。

正直、『ARMS』が基準っていうと無茶言うなよ・・・ってレベルだとは思うけど、少なくとも超能力者出してくるならパワードスーツくらいは出してよねって感じ。

セイクリッドセブンは、その点クリアしとるよね。進化した人間としてのミュータントが出てくる異色の仮面ライダーアギトも、一応G3Xという形でパワードスーツでてるし、ミュータントと人間の葛藤描いてたファイズも普段以上にパワードスーツ物だったし。

超能力者同士のバトルしかない作品だと、どうも世界観がこじんまりとしてしまうというかドメスティックなショボイ感じになっちゃうんだよね。そういう点でも、超能力者とサイボーグは一括りの作品であるべし。
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by trial-6 | 2011-08-09 01:11 | 雑記

英雄考

タイバニを観つつ、ヒーローについて漠然と考えてみた事をメモ。

アメコミのヒーローとか、武侠小説のヒーローが、在り方として日本のコンテンツにおけるヒーローと、どこが一番違っているのか。

それは、社会におけるヒーローであるという点に尽きると考える。海外作品に見られるヒーローというのは、どんなスーパーパワーを持っているとしても、どちらかというとそれはおまけで、社会的な規範や偶像であったり、尊敬すべき行為による尊敬対象としてのヒーローという印象が強い。

日本のヒーローといえば、例えばウルトラマンであったり仮面ライダーであったり、ジャンプ漫画の主人公であったり等は、どちらかと言えばスーパーパワーの方が主である印象が強い。悪なるスーパーパワーに対する善なるスーパーパワーが、ヒーローという感じだ。

このスーパーパワーという部分を、人外という単語に置き換えるならば、日本のヒーロー観というのは、英雄=人外の一言に尽きるのではないだろうか。ヒーローがヒーローたる由縁は、血統であったり、異常な出生であったり、先天的な部分に求められるパターンが多い。ジャンプ漫画の主人公が、恐ろしい血統主義なのも根源はこういう部分になるんじゃないのかなと個人的には思う。単に、理由付けが簡単という事もあるのだろうが。

ただ、神話だとか昔話の類型という点では英雄が半人半神であることは世界的によく見られる事でもある。神話等を単にストーリーとして捉えるならば、モンスター(人外)を半人半神(人外)が倒すというストーリーは恐ろしくプリミティブなストーリーであると考えられる。

英雄譚の構造が近代になり悪魔VS神→モンスターVS半人半神→概念的な悪VS人間と移行したのに対して、日本の場合は未だにモンスターVS半人半神の段階に留まっているのではないだろうかと考えてしまうのだ。

そもそも、正義と悪との戦いの場というもの自体が、日本の漫画等のコンテンツでは完全なる非日常的な世界として描かれる傾向にある気がする。この辺りに、ストーリーにおける英雄が人間になりきれなかった理由がある気もする。そもそも社会に実体としての英雄が必要とされていない的な。

あと、そもそも日本の場合は文化的に正義と悪との区別が曖昧で、ただそこに強い力ありきみたいな、荒神的思想が根底にあるからなのか?とも考えてしまうね。


スーパーパワーが先天的か後天的かでいうと、例えば金庸の小説に出てくるヒーローなんかは最初は完全なる凡人で、なおかつ才能は人並み以下の場合が多い。それが、その後の良い行いによって力を付けていく。乞食が皇帝になりあがれた国ってのも関係してるのかもしんないね。

アメコミの場合は、スーパーパワーを手に入れた奴らがまずはバッシングされる。悪人と戦おうが、市民からみれば同じような危険分子である。ただ、社会的なヒーローとしての行いを通じてヒーローとして認められる。英雄という存在が、非日常で暴れ回る存在というよりも、社会に密接に関係した存在であるのが特徴だろうか。アメコミのヒーロー観(特に最近の作品においては)は社会と切り離せない。

どちらも、社会的にある種の成功を収めている奴らというのも大きい特徴だと思う。社会における一種の共通概念として尊敬対象になっている。
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by trial-6 | 2011-07-23 02:09 | 雑記

鬼太郎

少し古い話だが。

京極夏彦のラジオで、なんで水木しげる漫画の中で鬼太郎だけが何度もアニメ化されまくるのかという話をしている回があった。ストーリーが短編型なのと、キャラクターの役割がハッキリしていてとにかく話が作り易いってのがその理由という分析だったんだけども・・・・。

これ聞いて、我が意を得たり!って感じで凄く納得した。何故なら、前に一話完結の連環型シナリオの最もシンプルな形を突き詰めて考えてた時に、たどり着いたのがまんま鬼太郎的なストーリー構造だったという。主人公は問題解決役、サブ主人公はトラブルメイカー。ストーリーは、トラブルメイカーがトラブルを誘発する。トラブルメイカーは問題解決能力は無いので、主人公を頼る。で、主人公が最後に問題を解決してお終い。

ゲゲゲでいうところだと、鬼太郎が問題解決役。ネズミ男がトラブルメイカー役。

何でこのシナリオ構造が優れているかというと、問題(ストーリー)を誘発する役目が倒すべき敵ではなくサブ主人公に与えられているので、半永続的にストーリーの核となる問題を主人公の元に運んできてくれるという点。

ちょっと前に気付いたんだけど、ドラマのTRICKもこの構造なんだよね。山田奈緒子が問題解決役。上田次郎がトラブルメイカー。

この構造では、どっちかというとトラブルメイカーのキャラクターが重要になってくる。何で、次々にトラブルを誘発するのかという部分のキャラクター的説得力を如何にして持たせるか。割と職業設定の部分が特に重要になる事が多い気がする。記者だとかの積極的に事件に首を突っ込んで行く職業か、刑事とか探偵とか何かしらの権威とかの、事件が舞い込んでくる職業か。

キャラクターの役割とストーリー構造には密接な関係がある。特定のストーリー構造は、特定のキャラクター(役割)を必要とする。

だからこそ、適当にそれっぽいキャラクターを配置しただけじゃ糞みたいなストーリーにしかならないんだろう。逆に、しっかりと目的と役割を持ったキャラクターを配置できれば、ストーリーがいくらでも作れる。あと、キャラクターの設定は表層的な物じゃなくて、しっかりと言動にリンクしてないと意味が無い。

何かこう、ストーリー構造類型と必要キャラクター配置をまとめたリストみたいなのがあったら、便利なんだけどな。簡単ストーリー作成術みたいなので。ありそうで、無いよね。
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by trial-6 | 2011-07-06 01:36 | 雑記

クローズアップ現代

クローズアップ現代が、まさかのONE PIECE特集だった。期待して見てみたが、今ワンピースという漫画が流行っていますという情報以外内容が無かったな。せめて尾田先生のインタビューでもとれてたら良かったのにね。インタビュー拒否。苦肉の策なんだろうけど、ジブリ汗まみれにゲストで出たときの音源使い回しで情けない感じ。

何故、今ONEPIECEが流行っているのか。理由は複合的に色々あるんだろうけど。まず、一つに物語としてしっかりとした骨格を持っているというのはあると思う。冒険モノであり、侠客モノでもある。どちらも日本に限ったことでは無く、普遍的に面白い物語類型だ。特に漫画に限ったことでは無いが、最近のコンテンツ界隈は、オマージュのオマージュというか、パロディのパロディを重ねすぎたせいで、本来の普遍的に面白い王道的な物語の要素というのが薄れた作品が多い印象を受ける。表層的な部分のみを、拝借して縮小再生産を重ねるせいで、ストーリー構造的な面白さみたいなのが無くなってきているものが多い。まず、ストーリーが王道的に面白い作品であるということが要素として一つあると思う。

王道というのは、普遍性であり、人種や性別、世代関係なく受けるという意味だ。まず、王道が溢れかえりそれに差別化する形で、変化球的作品が生まれて、そこからさらに奇形化が進み・・・という感じで、今は奇形化作品が多数派とかしている状況だろう。だからこそ、競争相手がいない王道寄りのONE PIECEが、ここまで受けているのではないか。時勢的な要素としてはそういう側面があるのかもしれない。現代は、人と人との結びつきが希薄だから云々~は、あまり関係ないような気がする。意味もなく慣れ合うような、甘やかし先行の作品なんかはむしろ増えてるけど、そういうのって糞ツマラナイもの。

もう一つは、長期連載のストーリーだという点。面白い作品というのは、クチコミ的に段階的に時間を置いて徐々にファンが増えていく構造になってると思う。連載が終了してしまえば、クチコミの元になる客層の注意も新しい作品に移っていくわけで、新しい客層の流入は止まってしまう。しかし、長く連載が続けば、二次流入、三次流入と、どんどん新しく買う層が増えていくわけだ。というわけで、ストーリー漫画としては異例の長期連載というのも要素だと思う。

よく感動する云々という意見を見ることもあるが、作品で感動する泣くというのは、大抵の場合において、そもそも泣きたいと思って“感動作”を読もうと行動するという構造になっていると思うので、感動できるか出来ないかはあまり関係ないと考える。

まとめると、王道ストーリーだという点と、長期連載で新規ファンの流入も長期持続的に行われるという2点じゃないのかなという、自分なりの結論
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by trial-6 | 2011-02-10 02:33 | 雑記

決闘の外側、内側

新旧のバトル漫画における違いとして、一番顕著なのはバトルの描き方における重点の位置なんじゃないかなと考える。一対一の決闘がバトルの最小単位だとすると、バトル描写の表現拡張のベクトルとしては外側(外的要素)と内側(心理描写、過去、因縁)がある。外的要素というのは、例えば人数比による優位性とか、武器だとか、罠とかもその類だろう。決闘している個人に起因しない類の強さだ。

近年のバトル漫画というのは、この内側方面ばかりに突出して進化した位置にあるものばかりだと個人的には思う。心理面での葛藤とか、駆け引きに重要性が置かれる。全体的な傾向として精神的な面がフィーチャーされてきたというのもあるんだろうけども。

個人的に、ジョジョの奇妙な冒険は内側に突出しまくった結果だと考える。バトルにおける強さって何だの果てに、より内側へ、より内的な本質へと掘り下げて言った結果が、因果操作的な方向にまで到達したんじゃないのかなと思う。筋肉の強さ→波紋(気功)による本質的な肉体の力→意志・精神の強さ→覚悟の強さ→因果、運命操作みたいな感じ。

個人的には、Lv.100の敵にはLv.90強さのキャラが何人集まろうと勝てない的な漫画的強さ階級描写がどうもしっくり来ないんだよね。ポケモンですら、2対1ならレベル差あっても圧倒的なディスアドバンテージがあるぞというのに。この辺りの点については、もう何度も過去に言及しちゃっているんだけども。

ここで一つ、思い当たる節があるのは、バトル漫画には二種類あるという可能性だ。一つは不良漫画の変形。バトルはあくまで、形を変えたタイマンであり単純な力と力のぶつかり合いが前提であり、卑怯な真似は厳禁で、卑劣な奴は負けるというお約束が存在し、戦った後で友情が芽生える世界観だ。もうひとつは、戦争の変形だ。バトルとは殺し合いであり、卑怯も糞もなくあるのは作戦だ。勝つ為に必要なのは、どっちかというと筋力よりも頭脳だ。

端的だけどおよそこの二種類だと思う。少年漫画におけるバトル物は、前者で殺し合いしてるからどうもチグハグな感じが否めないんだよな。

あと、気力で何でもなるみたいな演出こそ、スポ魂というかメンタル重視の表現がバトル物に持ち込んだ諸悪の根源だと思う。確かに盛り上がるし、ある程度は演出上しかたないってのは分かるが。この気力システムのせいで、基本的に疲労度とか一切関係なくなってるというのは結構深刻な問題だとは思う。どんだけ強くても、時間経てば疲労がピークになって動けなくなって雑魚に刺されて殺されかねないという生物学的に不可避な弱点が無くなっているのはバトルという要素においては致命的にデカい。敵を作戦で疲労困憊に追い込んで倒すというのは、特に弱者が強者を打ち負かす上でかなりポピュラーな手法なはずなんだが。

こういう要素が欠落しているせいで、弱者が強者を倒すには、気力で弱者が強者化して倒すしかないという糞展開一辺倒になっちゃうんじゃないかなと考える。それだと、強者(弱そうに見える)が弱者(強そうに見える)を屠るだけなんだよね。弱者が強者を打ち破って勝利するからこそ、勝負(バトル)における逆転がおきて面白いんじゃないかと思うんだが。弱者がさらなる強者に進化して敵を圧倒するというのは、立場の逆転であって、勝負における逆転では無い。
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by trial-6 | 2010-12-27 01:26 | 雑記

改めてバビル2世を読んで

バビル2世 (1) (秋田文庫)

横山 光輝 / 秋田書店

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久しぶりに読み返してみての感想。まず、最初から最後までヨミVSバビル2世という構図でこれだけ長いストーリーを展開しているところが凄い。たった一人の敵と手を変え品を変え、文庫でいうと全8巻分のバトルを繰り広げている。それでいて、まったく展開に飽きさせないのだから、その辺りは横山光輝先生の凄さなんだろうな。

特に、その長いストーリーの中で繰り返されるピンチ演出。バビル2世が危機に陥ることもあれば、ヨミ危機に陥ることもある。そんな展開が何度も続くのに、危機感の迫力を維持していけてるというのはホントに凄い。追い詰められている演出というよりも、毎回普通に状況が徹底的に詰んでるんだよね。まぁ、バビル2世もヨミもほぼ不死身だから繰り返せるというのはあるかもしれないけど。

バビル2世のパワーは、一つは超能力で、もうひとつは三つのしもべだが、超能力は一定時間に使えるエネルギー量に限界があって、それを超えて使えば使うほど生命力を消耗していくという制限があるし、三つのしもべは近くにいればヨミでも操作可能という弱点がある。ただただ無敵という訳ではなくて、きっちり弱点が設定されているのも優れている点だと改めて思った。

あと、特徴としてはスケール感が凄いなという点。街一つを舞台にして、都市戦を描いたりだとかの場面のスケール感。3つのしもべと、バビルの塔のコンピューターの支援を受けて一人で戦うバビル2世に対してヨミは組織を率いて戦うんだけど、ホントにきっちり組織なんだよね。この、“組織感”という敵のスケール感も凄いと思う。あとは、世界中を舞台にするスケール感か。とにかく、あらゆる点でスケール感がある。バトル漫画としても、直接的な対決というのは少なくて、間接的に敵にダメージを与えていく展開が多いことに気付く。敵の部下が部下としてきちんと機能しているんだよね。この辺は、結構今のバトル漫画に無いポイントだと思った。

あと、敵組織が悪人の集団ではなくて仲間たちだというのが描かれているのが特徴としてデカイ。お互いに助け合い、上司であるヨミと信頼関係で結ばれている。そんな集団を容赦なく殺しまくるバビル2世が、酷い人間に見えたり。部下を人質に取られて動揺したり、部下のために自分の命をかけるヨミをむしろ応援したくなったり。この辺りの構図は面白い。ヨミ様が、悪役の中ではトップクラスの頼れる上司であることはよく言われている事ではあるが。

主人公ゆえの圧倒的なパワーと、それゆえの非人間性がきちんと描かれている。ヨミは、パワーではバビル二世に劣る故に、組織を率いているわけで、それゆえに人間臭い訳だ。最初から主人公の方が強いと描かれているからこその特徴だろう。力を合わせて戦うのが、敵の方だという逆転の構図だ。

一般的に、バトル漫画では主人公が自分より強い敵をパワーアップすることで打ち倒し勝利する展開になるわけだが、よくよく考えると本質的にはこの構図は、主人公がパワーアップした時点で立場が逆転して弱者を打ち負かすだけの話でもある。弱者が、強者を頭脳を使って追い詰めるというカタルシス溢れる構図にするには、こういう弱者がチームワークで強者を打倒する構図になるしか無いんだろうなと思う。その点ではバトル漫画として、凄く理にかなった構図だなと思う。主人公と敵の構図が逆転している変化球ではあるが。

いろいろ細かく見ていくと、改めて横山光輝って凄いなぁとつくづく思う。深読みも糞も無く、単純にストーリー展開が面白い。古い作品ゆえに、コマ割りだとか、ストーリー設定だとかが今よりもシンプルな分余計にストーリー面での技術の凄さを感じる。

個人的に、こういう横山光輝のバトル漫画は最近の漫画よりも面白くて好きなのだが、どういう部分で大きく新旧で異なっているのかという点についても考察してみる。とくに、顕著なのはスケール感だろうなと思う。最近の少年漫画は、古いものに比べて情緒面に訴えかけるような展開や演出が多いような気がする。バトルにしても、バビル二世だと一騎打ち的な直接対決よりも、それ以外の間接的なバトル部分に重点が置かれている。近年のバトル物は、基本が直接対決で、その短い時間における心理面や能力の駆け引き重点的に比重をおいている印象がある。

端的に表現すると『対決』の外側に比重を置くか、内側に比重を置くかの違いなんだろう。私は、前者の方が演出としては好きだ。内側に比重をおくという傾向には、やはり限界があると個人的には思ってしまう。ここいらで、放棄され気味な外側のバトルにも重点を置いた作品が出てきてもいいんじゃないかなとは思うのだが。

内側に比重を置くバトル漫画が増えてきた傾向は、おそらくだがスポーツ漫画的なメンタリティによるバトル漫画が蔓延しているのが原因では無いのかなと思う。基本的にスポーツ的なバトルには一定のルールがあるので、外部性は考慮に入れる必要が無いからだ。健全といえば健全だが、つまらないとも思う。バビル2世とヨミは、戦いを繰り広げてお互いを認め合うことはあっても、決して手と手を握り合うことは無い。ファーストコンタクトの時点で宿敵同士であり、どっちが死ぬかの戦いを繰り広げる。だからこそ、戦いに卑怯も糞もなく、全力で力と頭脳を駆使して戦うんだろうなと思う。そして、それが面白い。
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by trial-6 | 2010-12-24 03:17 | 作品・感想

シナリオ作成理論 最新版

短く基本的な物は①と②で事足りる。長編とかより複雑な構造にするには③④参照。

①ストーリーの核となる障害の設定。ストーリーの類型を設定(大雑把で良し)。

【障害】状態異常、禁忌・契約、強敵、空間制約、運命、時間制限、謎、トラウマ、葛藤(立場・関係性)、災害、悪い現状(経済・社会・人間関係)、誤解、状況を悪化させる要素の獲得、性別的な制約、強い生理欲求、性格的制約etc...

【類型】宝探し、バトルロワイヤル、アイテムの争奪、復讐、自己起源の探求勧善懲悪、犯人探し、異類婚姻譚、貴種漂流譚、ピカレスク、クエスト(依頼・任務)、致富譚、変身譚、入れ替わり、来訪者、タイムトラベル、異世界、記憶喪失etc...

②主人公のスタンス決定。受動or能動。
→受動なら、誘導役を。能動なら敵を。最低でも二人は必要。必要に応じて役割先行でキャラクターを設定。

キャラクターの役割・属性の類型:主人公、敵対者、過去の敵、未来の敵、贈与者、隠者(助言者)、魔法使い(力を授けるorサポート)、派遣者、仲間、悪女(誘惑者)、偽主人公(別の可能性)、悪代官、トラブルメイカー、英雄、愚者・被害者、運命の恋人

③ストーリー動線の全体像を設定(略奪蹂躙型or不屈受難型)。V字構造による牽引力を意識しつつ主人公のステータス動線を設計。動線に合わせて各プラスイベント、マイナスイベントを配置。イベントは、①と被る部分も多い。障害とそれに絡むエピソードという感じ。

→ステータス動線には[戦争][経済][社交]など大まかに3種類があることを意識。ストーリーをより深く複雑にするなら二つ以上を盛り込むのが良い。一つの指標でやるなら、特に[戦争]要素ではマイナス(パワーダウン)が可能になるように設定に気を付ける必要がある。

【動線3指標】
[戦争]+パワーアップ、勝利、/-パワーダウン、敗北
[経済]+地位向上、財力向上、名声獲得/-地位剥奪、破産、悪名獲得
[社交]+仲間恋人師の獲得/-裏切り、死別など各種離別。

【イベントの類型】戦い、逃走と追跡、誘拐、依頼するされる、救済するされる、復讐の切っ掛け、不審な人物・新たな謎の登場、努力目標の設定、近親者間の憎悪、精神錯乱、致命的な不注意によるミス、重要な物を犠牲にする、三角関係、不名誉の発見発覚、野心野望、反逆、誤解、悔恨、紛失物の探索と発見、アイテムの獲得、障害のある恋愛etc...

④どんでん返しの設定。キャラクターの詳細設定など、各種微調整。

【どんでん返しの類型】敵の正体の誤認、状況・状態の誤認、目的地の誤認etc...

【キャラの行動原理類型】物欲・金銭欲、孤独(集団帰属・恋愛・交流)、復讐、地位・名声、夢目標の達成、依頼、秩序維持、自己超越、安全の確保、無秩序

【愛情の類型】遊びの愛(固執しない・複数同時的)、美への愛(一目惚れ・ロマンチック)、友愛(長期的・穏やか)、偏執的な愛(嫉妬・独占欲・激しい)、実利的な愛(手段としての恋愛)、自己犠牲的な愛(相手の利益のみ)

人格の類型】エニアグラム性格類型(批評家、援助者、遂行者、芸術家、観察者、忠実家、情熱家、挑戦者、調停者)etc...


今のところは纏めると、こんな感じかな。
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by trial-6 | 2010-12-19 21:54 | 雑記

動線グラフ その4

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ストーリーの組み立てを、例えば車に見立てる時。キャラクター(主人公)のステータスを示す動線がエンジンに当たる。そして、ストーリーの類型や構造はボディに当たる。グラフ化で、目安程度ではあるがある程度、推進力(展開の変化期待値)を数値化できればいいんだが、まだまだ難しい。

推進力は、一つには統合的な動線が生み出す外的なものがある。これは、障害(到達目標)や他のキャラクターとの比較から推進力が生まれるもの。もう一つには、一つのキャラクターの内的な物がある。一つのキャラクター内でのギャップ・・・例えば戦闘能力は世界最強レベルになったのに、反面友人や知人は離れて孤立状態だとか。世間から白い目で見られて村八分状態だとか。そういう、内的なギャップもこの先どうギャップが解消されるんだろうというストーリーの推進力というか、牽引力に繋がると思うんだけど、数値化は難しいなぁ。

あと、外的動線グラフにおいて、不屈受難型のストーリーでは、マイナスが続けば続くほど逆転展開における上昇期待値とカタルシス(実質上昇値)は高くなるとはいえ、鬱展開が続くストレス度数というのも考慮する必要はある。逆に、右肩上がりが続く展開におけるマンネリ度数も考慮する必要がある。

上昇期待値合計+内的ギャップ度数合計+V字ボーナス値-ストレス度数-マンネリ度数って所になるのかな。もともと、明確な基準のないものの計算なので難しいところではあるんだが。経済学の公式っぽい気もする。

目標としては、センスだとか感覚的な物抜きで、ある程度面白くて構造に無駄のないストーリーを、論理的にかつ機械的に自分好みに自由に組み立てるノウハウみたいなのを完成させたいんだけど・・・やっぱ難しいなぁ。考えるのは面白いんだけど。SPOREのクリーチャーエディット機能みたく、簡単にストーリー作れるようになりたいなぁ。構造は無駄なく効率的で、ある程度ストーリーの牽引力も数値的に把握できるようなの。なおかつ自分好みのストーリー。別に凄まじく面白い作品が作れるとは思わないが、好きなように構造的に破錠していないストーリーができればそれでいいんだ。
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by trial-6 | 2010-12-19 01:04 | 雑記

動線グラフ その3

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略奪蹂躙型ストーリー展開における、障害(到達目標)の設定と、変化期待値の関係について考える。横軸は時間軸、縦軸は分かりやすくレベルとでも設定しておく。まず敵をレベル5と設定する。

①敵はパターン1、主人公1の場合。変化期待値は+5(時期1)、+3(時期2)、+2(時期3)となる。これは敵(目標)が変化せずに、主人公のみが成長する基本パターン。

②敵はパターン2,主人公2の場合。変化期待値は+5(時期1)、+3(時期2)、+1(時期3)となる。これは敵が弱体化するパターン。実質レベル4という当初より低い数値で目標を達成することになる。レベルの上昇自体は5から4に押えられており、一見長期的にはインフレの抑制に見えなくもないが、尻すぼみ的な印象を受けてしまうのは間違いない。ガッカリパターンである。

③敵はパターン3、主人公3の場合。これは敵がパワーアップするパターンで、中間目標としてのレベル2が設定されている。この場合、変化期待値は+2(時期1)、+3(時期2)、+2(時期3)となる。最終到達レベルは5で①と同じだが、期待値は、全体的に抑えられる。5以上にパワーアップするとインフレが激しくなる上に、時期位置における変化期待値がもっとも高くなることを考えると、それは非効率的であるともいえる。

①~③だと、結局一番シンプルな①が効果的という事が分かる。バトルもので、強敵が急に弱体化して負けることや、途中で敵が無駄にパワーアップして絶望感を与える演出などはあまり効果的でな無いと考えられる。凄くよく見る現象なんだけども。だからこそ、主人公の動線のV字が重要だと思う。以上。
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by trial-6 | 2010-12-18 16:22 | 雑記

最近好きな作品

・信長の野望・創造(ゲーム)
・SimCity(ゲーム)
・獣電戦隊キョウリュウジャー(特撮)
・仮面ライダー鎧武(特撮)
・マギ(漫画)
・ONEPIECE(漫画)
・シグマフォース(小説)

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